耳抜きは命綱― ダイバーの鼓膜を守る知識と習慣 ―

(2025.05.29)

水中に入って数メートル、突然耳が「キーン」と痛む──
これはダイバーにとってありふれた光景ですが、対応を誤ると命取りにもなりかねません。

耳抜き。それは単なるテクニックではなく、水中で安全と快適を維持するための「習慣」です。

  • 耳抜きは、鼓膜を圧力差から守る行為です。
  • 外耳と中耳の圧力を等しく保つことで痛みや怪我を防ぎます。
  • できなければ、痛み、外傷、潜降不能、ダイビング中止となり得ます。
  • 深刻な場合は鼓膜穿孔や内耳損傷につながり、後遺症も。

目的

  1. 圧力変化と耳の構造を理解する
  2. 耳抜きの正しいタイミングと方法を知る
  3. トラブルの予防と対処法を身につける

■ 水圧と耳の仕組み

水中では10mごとに約1気圧の圧力が増加します。
しかし中耳には空気しかないため、外からの水圧に追いつけません。

その結果、鼓膜が外耳側に押されて痛みが発生します。
これが「圧外傷(バロトラウマ)」です。

■ 耳抜きの方法と注意点

方法名やり方特徴
バルサルバ法鼻をつまんで軽く鼻に息を送る一般的。強く吹きすぎは危険
トインビー法鼻をつまんだまま唾を飲み込む鼓膜に優しく自然に行える
フレンツェル法喉の筋肉で耳管を開く深場で有効だが習得はやや難しい

共通のポイント:

  • 痛くなる前に行う
  • 頻繁に(30~50cmごと)行う
  • 抜けなければ無理をせず即浮上

■ よくある失敗と対策

状況原因対策
耳が痛いまま潜降タイミングが遅い、体調不良浮上して再調整、体調管理
めまい・ふらつきが出る息を強く吹きすぎたゆっくり・軽く耳抜きを行う
片側だけ抜けていた片方の耳管が閉じていた両耳の状態を確認する習慣をつける

■ 副鼻腔(サイナス)トラブルにも注意

耳だけでなく、副鼻腔も空気を含む空間であり、圧平衡が必要です。
特に鼻炎やアレルギー、軽い風邪などがあるとサイナスが塞がり、圧変化に追従できず「サイナススクイーズ」が発生します。

【サイナススクイーズとは】
副鼻腔と鼻腔の通路が詰まり、洞内が陰圧状態に。
痛みや出血、頭痛を引き起こします。

■ ケーススタディ:ケーブで前頭部が痛くなる

ケーブで前頭部が痛くなる現象。これは前頭洞スクイーズと考えられます。

  • 症状:前頭部のズキズキとした痛み、鼻血、浮上後の頭痛
  • 原因:前頭洞の換気不全、粘膜の陰圧損傷
  • 対策:
    • 鼻洗浄などで通気を確保
    • 潜降はゆっくりと(1m/秒以下)
    • 鼻づまりの日は潜らない

■ 外傷性内耳障害(内リンパ瘻など)

耳抜きに失敗し、無理に圧をかけすぎると内耳に損傷が及ぶことがあります。

【典型的な症状】

  • 激しいめまい
  • 聴力の低下、耳鳴り
  • 吐き気や平衡感覚の異常

特にバルサルバ法で強く息を送りすぎると、卵円窓や円形窓が破れる可能性があります。
これは内リンパ瘻と呼ばれ、ダイビングの継続が困難になることも。

■ まとめ

  • 耳抜きは命を守るスキル
  • 副鼻腔や内耳のケアも重要
  • 抜けない時は潜らない判断を
  • サイナス・内耳障害の兆候を見逃さない

「今日はやめる」という判断が、未来の100本を守る選択になります。