
「山の上の湖で潜ってみたい」 それはダイバーなら一度は憧れるシーンかもしれません。 しかし、いつもの海と同じ水深20mの感覚で潜ってしまうと、そこにあるのは「減圧症リスクの罠」。 海と違うそのルールを知らなければ、安全なダイビングはできません。
標高が高くなる=気圧が下がる この物理的な違いが、私たちの体に与える影響は意外に大きいのです。
- 減圧理論は「気圧=1.0atm」で成り立っています
- 高所では水圧と大気圧の比率が変わり、ガスの吸収・排出が変わります
- コンピュータがそのままでは使えない可能性も…
「高所で潜る」と「潜った後に高所へ移動する」 この2つのシナリオには異なるリスクがあります。 でも、正しい知識と計画があれば、それは「冒険」から「安全な体験」へと変わります。

目的
このコラムでは以下を解説します:
- アルティチュードダイビングとは
- 減圧理論がどう変わるか
- 酸素分圧とPO₂の影響
- 高所移動に関するリスクと対応策
- 図解:潜水後の高低差とリスク
- 実践的なチェックリスト
1. アルティチュードダイビングとは
標高300m以上の水域で行うダイビングを「アルティチュードダイビング」と呼びます。 日本では、本栖湖(約900m)や長野の青木湖(約820m)などが代表例です。
ここでのダイビングは海とは異なる環境条件で行われるため、「水面=1.0atm」ではないという前提で減圧を考える必要があります。
2. 減圧理論の違いと影響
高所では水面の気圧が低くなります。
例)標高1500mの水面気圧は約0.83atm。
これが意味するのは:
- 同じ深度でも、相対的な圧力差が大きくなる
- 通常のコンピュータ設定では減圧時間が不足する可能性あり
ほとんどのコンピュータには「Altitude設定」があります。 必ず確認し、その高度に応じた圧力モードで減圧計算を行う必要があります。
3. 酸素分圧(PO₂)にも注意
PO₂ = 酸素濃度 × 周囲圧
高所での酸素分圧は、たとえ100%酸素を吸っていても、周囲圧が低いため十分なPO₂になりません。
例:
- 海面(1.0atm)→ PO₂ = 1.0
- 標高1500m(0.83atm)→ PO₂ = 0.83
→ 減圧用のO₂を使う際にも、実際の効果にズレが出るため、十分な計画が必要です。
4. 「移動と潜水」の2方向のリスク
高所へ移動後すぐに潜ると?
高所に到着した直後は、体内のガス圧がまだ低地のままです。 この状態はまさに「1本潜って水面に戻った直後」に近く、体内に溶けた窒素が高濃度のままです。
✅ 対策:
- 標高1000m以上へ移動した場合は、最低でも6時間(理想は12時間)の休息をとる
- 長時間移動、睡眠不足時はさらに延長する
潜った後に高所へ登ると?
減圧後であっても、さらに高い場所へ登ることで周囲圧が急に下がるため、体内ガスが急膨張しDCS(減圧症)リスクが一気に上昇します。
現在の標高から+400m以上の上昇はNGと覚えましょう。
ダイブ地点 | 行き先 | 標高差 | 結果 |
---|---|---|---|
海(0m) | 山道(+500m) | +500m | ❌ 高リスク |
本栖湖(900m) | 富士五合目(1400m) | +500m | ❌ 高リスク |
高原湖(1500m) | 市街地(1000m) | −500m | ✅ 安全方向 |
5. 図解:潜水後の高低差とリスク
以下の図は、「どのような移動が危険で、どのような移動が安全なのか」を示したものです。

赤い矢印:リスクが高い移動(標高差+400m以上)
緑の矢印:安全方向の移動(標高を下げる)
6. 安全管理と実践チェックリスト
- 潜水前に標高を確認し、Altitudeモードを設定
- 高所へ移動してきた場合は6〜12時間の休息を取る
- 減圧表は高所用に補正されたものを使う
- 減圧ガスのPO₂に注意(効果が海より低い)
- 潜水後は+400m以上の高所移動を避ける
- 可能なら標高を下げる方向への移動が望ましい
- 移動ルートの標高差を事前に確認(Google Mapsの標高表示等を活用)

7. まとめ
アルティチュードダイビングは、自然の中での非日常体験を可能にする魅力的な選択肢です。 しかし、低圧環境下のダイビングは、通常の海とは異なるルールが支配しています。
とくに「移動」に伴う高低差は、減圧症のリスクに直結します。
🟦 高所へ登った直後には潜らない
🟥 潜った直後にはさらに高所へ行かない
この2点を守るだけで、あなたのダイビングはぐっと安全になります。
8. 小テスト
- アルティチュードダイビングは標高何m以上で行うもの?
A. 100m B. 300m C. 600m - 高所に到着した直後の潜水は?
A. 推奨される B. 少し休めばOK C. 最低でも6時間の休息が必要 - 減圧症リスクが高くなる移動は?
A. 標高を下げる B. 標高を上げる C. 平地移動 - 本栖湖(900m)で潜ったあと、標高1400mの場所へ向かうのは?
A. 安全 B. 少し不安 C. 危険(NG) - 酸素100%を高所で吸った時のPO₂は?
A. 変わらない B. 上がる C. 下がる
(答え:1-B、2-C、3-B、4-C、5-C)